「ザ・ベストテン」4要素大研究
1984(昭和59)年07月05日 第334回放送分
「長良川艶歌」が番組史上第1位の理由
(オリ=オリコン、リサ=ミュージック・リサーチ、ラボ=ミュージック・ラボ)
先週 今週 タイトル アーティスト 総合得点 レコード売上 有線放送 ラジオ ハガキ
オリ リサ ラボ 総合
2 1 ケジメなさい 近藤真彦 9592 2 2 1 2 8 2 1
1 2 哀しくてジェラシー チェッカーズ 9089 4 4 4 4 1 1 7
5 3 ふたりの愛ランド 石川優子とチャゲ 8063 5 5 7 5 9 9 6
3 4 騎士道 田原俊彦 8059 11 11 6 10 15 3 2
8 5 STARSHIP-光を求めて- アルフィー 7853 7 8 8 7 22 5 3
4 6 時間の国のアリス 松田聖子 7729 8 9 10 9 6 6 8
7 7 サヨナラは八月のララバイ 吉川晃司 7696 9 7 9 8 17 7 4
6 8 メイン・テーマ 薬師丸ひろ子 7695 3 3 2 3 10 4 21
9 9 コントロール 河合奈保子 6539 10 10 11 29 8 9
12 10 長良川艶歌 五木ひろし 6249 14 13 13 7 20 5
16 11 雨音はショパンの調べ 小林麻美 5696 6 6 5 6 5 18 30
10 12 サザン・ウインド 中森明菜 5519 20 20 19 4 10 13
11 13 ギザギザハートの子守唄 チェッカーズ 5239 17 16 15 18 16 12
13 14 悪戯(いたずら)NIGHT DOLL 柏原芳恵 5079 19 15 16 - 13 10
15 15 君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。 中原めい子 4966 15 17 17 13 14 19
16 迷宮のアンドローラ 小泉今日子 4840 1 1 3 1 - 25 -
14 17 キャッツ&ドッグ シブがき隊 4470 18 21 20 - 11 14
18 18 娘 よ 芦屋雁之助 4036 12 12 12 2 28 -
17 19 そこの彼女 風見慎吾 3943 21 19 25 - 12 16
25 20 NEVER MIE 3826 13 14 14 14 22 -
30 つぐない テレサ・テン 3
五木ひろしの「長良川艶歌」は、この週に総合ベスト10内に1度目の返り咲きをしていました。

「長良川艶歌」は、6月7日に10位で初めて総合ベスト10入りをしてから、総合ベスト10内への出入りは激しくて、総合ベスト10内に返り咲くのはこの週を始めとして合計6度で、通算7回総合ベスト10入りをしていました。
総合ベスト10内登場回数は18回(歴代4位タイ)でしたが、総合ベスト20以内には、5月10日から翌85年2月7日迄、39回連続(歴代1位)で、更に総合ベスト15以内にも35回ランキングされる超ロングヒット曲になっていました。
最高順位は8位(2回)でしたが、84年の年間ランキングで1位に輝いたばかりでなく、89年9月7日の600回記念で発表された「12年間ベストテン」でも 234,167点で、堂々の第1位を獲得していました。


売上枚数67.1万枚(オリコン調べ)の「長良川艶歌」が12年間の番組史上1位になれた理由の考察

まず4要素6データの各順位への得点配点の基本的な仕組みは、1位30点、2位29点、3位28点、…… 28位3点、29位2点、30位1点という単純な逆順位点方式なっています。これは同時に30位の曲からすれば、29位は2倍、28位は3倍、…… 3位は28倍、2位は29倍、1位は30倍にあたるということにもなります。

実際のレコード売上げの各順位の売上枚数を下位からの増加の度合を、オリコン・チャートの場合でみていきますと、30位から「ベスト10下位」くらいまでは緩やかな増加です。ここまでは配点上、さほど問題はありません。それがベスト10の中位あたりからは上位になるにつれて各順位間での枚数差は次第に、そして一気に大きくなっていきます。けれども配点では、その売上枚数の絶対量の多寡に応じた加点などは何もありません。

例えば1位なら5万枚であろうが何十万枚であろうが、配点では1位は1位の固定得点に変わりはありません。ですから、1位や2位などを始めとした上位に入らなくても、またベスト10圏外であっても長期間売れ続けた曲が、ザ・ベストテン・ランキングでの最終的な累計得点では上位に入ってきていました(つまりロングセラー曲は、総売上枚数の割には、年間ランキング等の通算ランキングでは上位に進出が出来ていました)。

この点を売上枚数と配点との相関関係から考えてみます。
ベスト10の中位から上位は、売上枚数の伸びに応じた配点への反映は全くありませんでした。そうすると、その下の「ベスト10の下位」あたりは、売上枚数から考えると、最も効果的に配点(=得点)を得られていたランクと言えそうです。言い換えれば、ベスト10の中位から上位にランクされるよりは、「ベスト10の下位」及びその下あたりに長くランクされていたほうが、「総売上枚数の割には総合計得点では高得点を獲得出来ていた」ことになりそうです。

「長良川艶歌」のデータを各部門毎にみていきます。

レコード売上げ部門…30位圏内には、発売直後の5月3日から翌85年2月21日迄42回連続(※)で、ほぼ全期間、3社全部でランクインしていました。最高順位は、オリコン10位、ミュージック・リサーチ9位、ミュージック・ラボ8位、レコード総合では9位と低かったのですが、ほとんどの期間20位以内に入っていたばかりでなく、、「ベスト10下位」~15位のゾーンという、言わば売上枚数的に最も効率的に配点を得られていたランクの期間が長く続きました。また得点圏内であるベスト30の下位(21位~30位)にギリギリ入るだけでは、ラジオ部門での得点があまり見込めないという現状もありました。

※ なお「長良川艶歌」の30位圏内42回を、回数でも最高順位でも上回り、売上げ100万枚を優に越えていたロングセラー曲はあります。
詳細に全曲を調べた訳ではありませんが、例えば、竜鉄也の「奥飛彈慕情」(80~82年、12年間ランキングでは7位)や渥美二郎の「夢追い酒」(78~80年、12年間ランキング13位)は、いずれもレコード売上げ30位圏内には50数回ランクされていました(最高順位はどちらもオリコンで2位)。

ラジオ部門…レコード売上げでベスト10下位~20位が多かった影響でしょうが、総合20位に入っていた期間のほとんどは、15位~25位で充分な得点圏内でした(最高順位は14位が2回)。

ハガキ部門…最高順位は2位(5月31日・6月7日の2週連続)で、ベスト10内は25回でした。なおベスト10内のランクイン回数は、「ふたりの夜明け」(80~81年)と「追憶」(87年)の26回に次ぐ番組史上3番目の記録でした(五木ひろしは、ハガキ部門でのベスト10入り回数のトップ3を独占していました)。

有線放送部門…最高順位は3位(8月2日)でしたが、ベスト10内23回、30位圏内には43回連続で滞在していました。


もともとのレコード発売日は4月21日でしたが、8月25日発売分からはカップリング曲を「おはん」(映画主題歌)に差し替えて両A面扱いにして発売していたこともロングセラーになった大きな要因と言えました。「おはん」は有線放送でも最高8位を記録するヒットになっていました。


「長良川艶歌」は、以上のような経過に五木ひろしの人気が相まって、4要素ともバランスも良く満遍なく得点を積み重ねられていたことが、総レコード売上枚数がそれほど多くないにもかかわらず、番組史上の第1位を飾れた理由だと考えられます。


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